小学校の時にストーブのまじかに座ってほっこりしながらやけどしそうになっていた
「おでこでこぼこ」です
今日は「何もしないこと」についてざっくり自分のことを交えていきたいと思います
今日も暖房器具の前で生暖かく過ごしてます
何もしていないことへの焦り
「何もしない」
みなさんは言葉だけ聞いてどのような印象を浮かべますか?
ぐーたらを想像したり 現実逃避を思ったり
小学生クラスで 校庭で感じたことを詩集を作る授業がありました
みんなは飼育小屋の「ウサギ」や 風景をみて「雲」をタイトルにしたり
ひねくれたでこぼこ少年のタイトルは「ぼーっとする」
親はタイトルを見て 批判殺到でした(ぼくの中ではいいと思ってたのに…)
このタイトルをつけた自分とは裏腹に
留年の時の自分は
周りが就職していることにたいして
何もしていない自分との違いに自暴自棄になっていました
逆にひねくれて1日15時間寝ていることもありました(起きたら吐きそうになる…)
時間が進むなかで何もしていないと自分だけが取り残されている感じがしました
文句垂れな自分は気持ちに余裕がなく時間を上手に過ごすことができていなかったんだと思います
何もしない時間をつくる
あれもこれもと頭の片隅まで
子どものころのおもちゃ箱ように考え事を埋め尽くすことがあります
容量がとくに悪い自分は
パンパンな状態では頭の風船が破裂してしまうため息抜きが必要です
だから今はあえて「何もしない時間」を作っています
気分転換に対しても僕は不器用で 何かしようとすることが逆に力んでしまいます
読書や音楽を聴くにも一所懸命になってしまい
リラックスできないことがしばしばあります
そんな僕は 座ってぼーっとしたり 散歩をしたりが自分にあってました
「何もしない」ことを学ぶ
僕の実践している「マインドフルネス」に関する本の中でも
何もしないことが非常に意味のあることだ伝えています
意図的に何かするのをやめ「今」という瞬間の中で自分を解放する
何かを変えようとするのではなく
ただ自分におかれているありのままの状況を共にその瞬間を過ごそうとする
心が何をしようとたくらんでいるかを知り
自分の考えを見つめ その意図にとらわれたり流されたりすることなく
時を過ごすにはにはどのようにすればよいか
このことを学ぶようです
あの時の小学校の僕も実は未来の僕に伝えていたのではないかと
今になっては思います
あわただしい情報がとびかう世の中に立ち向かうには
「何もしない」ことで自分の時間を見つめなおすことが大事ではないかと思います
まとめ
今日は「何もしない」ことについて述べさせていただきました
ちっぽけな僕に向けての「何もしない時間」は
実は大きな力を与えていました
自分が寝ている時間も世界をかえれば起きている時間になります
視点や意識を変えてのんびりとぼーっと過ごすことも僕らしい時間だと思います
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